死刑


 舞台には電気椅子らしき物があり、床にはピストルが転がっている。
 男1が憔悴しきった様子で佇んでいる。
 重いドアの開く音。看守に連れられ、男2がやって来る。

看守 (男2を乱暴に押し)早いとこ済ませるんだぞ!
  
 看守、去って行く。

男2 …あ、どうも。
男1 はじめまして。…あなたもですか?
男2 ええ。
男1 …なかなか難しいですよ。
男2 やはりそうですか…。いつからいるんです?
男1 おとといからです。
男2 じゃあずっと格闘して…。
男1 格闘といいますかね…。やってはみたんですよ。
男2 ほお。
男1 電気椅子に座って…電気は流さずに…。
男2 ダメじゃないですか。
男1 さすがに恐いですから、いきなり流すのは。
男2 で、流したんですか?
男1 …座ってたら、なんかくつろいじゃって…走馬灯って言うんですか、昔のこと思い出しちゃ
って…。
男2 くつろぎながらでも走馬灯は見られるものなんですか?
男1 …見ましたからね。
男2 普通は死ぬ間際の苦しんでる時に頭をよぎるものですがね…。
男1 いいもんでしたよ、走馬灯。あんなにコンパクトにまとまった自分史は初めて見た。
男2 そうですか。
男1 それですっかり死んだ気になって、立ち上がってガッツポーズをきめてしまいました。
男2 なんか勘違いしてますよ。
男1 驚いたことに死んでないんですよね…。
男2 当たり前だ。
男1 ある種の臨死体験ですかね…?
男2 違うと思いますよ。…しかしいいですなあ、走馬灯…私も見てみたいものですよ。
男1 あなた、お名前は?
男2 あ、申し遅れました。私、桐谷伍一と申します。
男1 じゃあ無理だな。素面で走馬灯見ようなんて甘い考えはよした方がいい。
男2 なぜわかるんです?
男1 私、相馬トオルって名前なんですよ。
男2 えっ…!
男1 冗談ですよ。
男2 なんだ…。
男1 ま、トオルって名前は本当なんですけどね…。

 二人、黙り込んでしまう。しばしの間。

男2 …やっぱり、恐いですよね?
男1 (うなずく)
男2 私ね、死刑が決まった時は死ぬ気マンマンだったんですよ。これでやっと罪が償えるぞっ
て。でも、いざここへ来てみると段々憂鬱になってきて…。
男1 わかります。私もそうでした。
男2 さあ死んでくださいと言われて死ねるもんじゃないですよね…。人からやってもらった方が
ずっといいや…。
男1 私ね、ここ来る前は刑務所にいたんですよ。
男2 ムショからムショへと渡り歩いてたってわけですか。
男1 違いますよ。刑務所に勤務してたんですよ。しかも死刑執行係。
男2 えっ!
男1 それがね、ある日死刑囚じゃない奴を間違って殺してしまったんです。
男2 そりゃまたなぜ?
男1 飲んでたんです。
男2 ………。
男1 いやね、ああいう仕事ですから執行の前には必ずお清めの酒をいただくんです。それが
どうも、深酒し過ぎたみたいで…。他の囚人を殺したくらいならもみ消すところですが…
男2 おいおい!
男1 同僚の看守と死刑囚を取り違えてしまって…。
男2 間違えるにもほどがありますよ。
男1 非難ゴーゴーですよ。それでこのザマってわけです。まったく…酒は飲んでも飲まれる
な、ですよね…。
男2 (何かに気づいた様子で)あー、じゃああなたが原因で…!
男1 そうです。私の事件があってから、第三者の手による死刑は廃止され、自殺死刑制度が
導入されたんです。
男2 そうでしたか…。
男1 まさかこんな形で報いが返ってくるとはね…。

 またもや黙り込んでしまう二人。しばしの間。

男1 さ、こんなことしてても始まりませんから先にいっちゃってくださいよ。
男2 いや、私は後でいいですよ。あなたの方が死刑慣れしてるじゃないですか。まずあなたか
らいっちゃってくださいよ。
男1 慣れてる奴ほどできないもんなんですよ、こういうのは。…さっき、走馬灯見たいとか言っ
てましたよね?
男2 ええ。
男1 見に行ったらどうです?
男2 (一瞬ためらうが)…そうします。

 男2、電気椅子に腰かける。ぶるぶる震えている。ボタンを押そうとするが、決心が着かずな
かなか押せない。

男2 …ダメだ! どうしても押せない! …お願いします。…ボタン、押してください!
男1 いいんですか? 私がやって。
男2 お願いします!
男1 本当は法律違反なんですがね…。(誰にも見られていないことを確認しながら)…見つか
ったらえらいことだ。また死刑なんて言われたらたまったもんじゃない…。いきますよ! いいで
すか?
男2 はい!
男1 せーの!(ボタンを押す)

男2、小刻みに震えながら安らかな表情を浮かべる。

男1 (ささやくように)…どうですか、死に心地は?
男2 …すこぶるいいです。
男1 どんな感じ?
男2 肩こりに効く低周波みたいな…。
男1 ほお…って死んでないじゃないか!

 前触れなくドアが開き、看守が入って来る。

看守 なんだお前ら、まだ死んでなかったのか!?
男1 ちょっと、この電気椅子なんですか!? これじゃあハムスターでも死にませんよ。
看守 電気椅子? どれが?
男1 (電気椅子を指差し)これですよ!
看守 何言ってるんだ、これはお前マッサージチェアじゃないか。
男1 何でそんなもんがあるんだよ! 紛らわしいよ! 単三電池入れてくださいってあるから
おかしいと思ったんだよな…。
看守 (床にあったピストルをとり)使うのはこっち! ほら。(男1に手渡す)
男1 ああ…。
看守 早く。
男1 (頭に銃口を向ける)…ああ、やっぱり無理だ!
看守 お前なあ、おとといからずっとだぞ…。いい加減覚悟決めたらどうなんだ…?
男1 俺には無理っすよ…。
 
 看守、男1のことは諦めた様子。寝入ってしまった男2を揺り起こす。

看守 おい、起きろ! そろそろ死ぬ時間だぞ! おい、起きろ!

 男2、起きない。

看守 …ダメだ。多いんだよね、マッサージチェアで寝ちゃう奴。
男1 だから置いとくなって!
看守 (アゴで指図し)…おい、ヤッてくれ。  
男1 えっ…いいんですか?
看守 ずっとヤッてたんだろ? 今回は特別だ。その代わり、こいつの次はお前の番だからな
…。
男1 (緊張して)は、はい…。

 急激な暗転とともに耳をつんざく銃声。 
 すぐに明転。倒れているのは看守である。

男2 (目を覚まし)な、なんだ…?
男1 また間違えた!

 暗転。


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