死という病気


 診察室。医者が座っている。

医者 次の方、どうぞ。  

 父が息子を連れて入って来る。息子は明らかに死人である。

医者 どうしました?
父 ええ、息子なんですけどね、一週間前から様子がおかしいんですよ。
医者 ほお。
父 学校に行こうとしないんですよ。
医者 登校拒否ですか。
父 そればかりか呼んでも返事をしないし、自分で歩こうともしない。ここ来るまでだって私が無理矢理ひきずって来たんですから。
医者 息子さんはおいくつですか?
父 十四歳です。
医者 十四歳、思春期の難しい年頃ですよ。無気力になってしまうなんてよくあることです。
父 前はこんなことなかったんですけどね…
医者 じゃあ突然に。息子さん、お名前は?
父 和彦です。
医者 和彦くーん! 和彦くーん!
父 ほら、和彦! 先生が呼んでるんだから返事しないと。
医者 (かなり耳元で)和彦!
息子 (もちろん返事はない)
父 すみません、こんな息子で。
医者 …うーん、これは聴こえてないですね。
父 えっ?
医者 難聴ですよ、突発性難聴。精神的なストレスが原因となって突然耳が聴こえなくなるんです。
父 じゃあ和彦のやつ…
医者 ええ、何か悩み事を抱えていたんでしょうね。お父さんにそんな話は?
父 いえ、何も聞いてませんが…
医者 やはりね。きっと親にも話したくないことなんでしょう。とりあえず注射打っときますね。
 
  医者、息子に注射する。

医者 さっきから気になっていたんですが、息子さんお風呂はちゃんと入ってるんですか?
父 ここ一週間は入ってません。何しろ動かないもんで…
医者 いやあ、臭いがきついですね。不衛生はいけませんよ。すぐに病気になっちゃう。無理やりでも風呂に入れてやってください。
父 わかりました。
医者 食べる物はきちんと食べてるんですか?
父 それがね、全然食べないんですよ。
医者 ハンガーストライキだ。
父 えっ?
医者 ハンストですよ。おそらくベトナムかどっかの平和を願って。
父 今どきベトナム…しかも和彦が…
医者 駄目ですなあ、もっと親子の対話をしないと。
父 ここ一週間は全くないんですよ。
医者 登校拒否に加えて親との対話も拒否…これは危険な傾向ですよ。ひきこもりって御存じですか?
父 ええ、知ってます。
医者 こういうことからひきこもりに陥ってしまうケースはよくあるんですよ。
父 そうなんですか… (息子に)おい、和彦! 心配事があるんだったらお父さんに言ってみろ。
息子 (もちろん無反応)
医者 顔色もよくないですね。ひょっとしたら熱があるのかもしれない。(と息子の額に手を当てる)
父 どうですか?
医者 …うーん、ないですね。
父 よかった。
医者 かなりないですね。十六度五分くらいでしょうか。 息子さん、哺乳類ですか?
父 …だと思います。私の息子ですから。
医者 この熱は爬虫類以外考えられないですね。
父 (心配になって)先生!
医者 脈も診てみます。(脈を診て)…んー。
父 先生、どうなんですか?
医者 これは…死んでますね。
父 死んでる!? その病気、治るんですか?
医者 難しいですね、難病ですから。
父 難病…
医者 いちおうお薬出しておきますよ。ナフタリンが配合されていますから臭いの方はいくぶん緩和されるでしょう。
父 ありがとうございます。
医者 ただしね、ちょっと副作用があるんですよ。
父 副作用?
医者 ええ、かなりの確率で生き返ってしまうんですよ。
父 生き返る?
医者 そうなんです、死んだ者が生き返るなんてありえないことですよね?
父 そうですね。
医者 そうなったらコトですよ。相当な重症です。我々にも手の負えない難病です。
父 そうですか…
医者 実はさっきの注射にも同じような副作用がありまして…
 
  突然、死んでいた息子が生き返る。

息子 いい加減にしろ、お前ら! いいじゃねえか、生き返るんだったらさ。
医者 しまった! 副作用が…
父 先生!
医者 とりあえずもう一回死なせる注射打っときましょう。
息子 今のままでいいだろ!
父 和彦、おとなしくするんだ!(と息子を押さえつける)
医者 (注射を打つ)
息子 やめろー!                     

  暗転。


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